赤ちゃん育児と産後のケアに特化し、地域に密着した活動を14年続けてこられたさら助産院院長の直井亜紀先生に教えていただく育児コラム4弾です。
はじめに
あたたかくて、甘くて、いいにおいがして、ふわふわの優しいおっぱい。
子どもがおっぱいを求める期間は、長い人生の中のほんのいっときに過ぎません。
よく食べるようになった、歩き始めた、夜の授乳が大変、復職するから…などなど、断乳を考えるきっかけはそれぞれです。
しかし、「急にやめて乳腺炎になったらどうしよう」などと心配にもなりますよね。
「もうそろそろ母乳をやめようかな」と迷った時に知ってほしいマジメな知識をまとめました。
断乳と卒乳のちがい
母乳をやめる時期をママが決めるのが「断乳」、そして子どもが自ら飲まなくなるのが「卒乳」です。
「断乳」とは、おっぱいが張っても子どもが泣いても徹底して吸わせないやめ方です。苦痛を伴うこともあります。しかし「卒乳」とは、子どもの興味が広がって、おっぱいを飲む回数が徐々に減っていきます。そのために張りや痛みを伴うことはほとんどありません。
このように、断乳と卒乳はそもそもの定義が違います。しかし、混乱していることもあるようです。たとえば「年末年始に卒乳します」とか、「復職に向けて自然卒乳したい」といった表現を聞いたことはありませんか?
このように、ママが決めたタイミングでやめるのだとしたら、それは「卒乳」ではなく「断乳」なんですね。
母乳の推奨期間
母乳育児について、公的機関が出している定義があります。
【WHO・ユニセフ】
生後6ヶ月は母乳だけで赤ちゃんを育て、離乳食を始めたのちも2歳またはそれ以上まで母乳育児を続けることを勧めている
【アメリカ小児科学会】
少なくとも12ヶ月、それ以降は母と子が望む限り長く吸わせることを推奨する
【厚労省 授乳離乳の支援ガイド】
いつまで母乳を続けるのが適切かに関しては、母親の考えを尊重して支援を進めていきたい
「2歳またはそれ以上」と聞くと、「なーんだ、そんなに急がなくていいんだ」と思いませんか?
ちなみに、母乳をやめる時期の世界平均は、4.3歳!だそうですよ。
某バラエティ番組でその話題が出た時、タレントさんたちが驚いていました。
「1歳で断乳」のイメージはどこから?
「おっぱいをやめる時期は1歳」といったイメージを持っている方が多いようです。では、この「なんとなく1歳に断乳」のイメージは、どのように始まったのでしょうか。
この「なんとなく1歳頃に断乳」という考えは、戦後(もしくは高度経済成長)から始まったと考えられています。
戦前の母乳育児はとても長く、第二次世界大戦中に行われた調査によると、子どもの乳ばなれ平均年齢は2歳で、なかには9歳まで飲んでいた子がいたとの記録もあります。※書籍「母乳育児支援スタンダード」より
また、昔話絵本「花さき山」のワンシーンには、4~5歳の男の子が母乳を飲んでいるシーンが描かれており、戦前の日本では「子供が求めているうちは飲ませ続ける」ことが一般的だったことがわかります。
しかし、戦後の高度経済成長により日本女性の生活は大きく変わりました。
「産めよ殖やせよ」の考えから、「早く断乳して妊娠」が推奨されました。
また「着物から洋服へ」「自宅出産から施設出産へ」「母乳から粉ミルクへ」「大家族から核家族へ」「男は仕事、女は家庭」…と、女性や育児を取り巻く環境は大きく変化しました。
核家族が増えたことで上の世代による育児の伝承が減り、専業主婦として育児や家事を一人でこなさなくてはならなくなりました。そのため「離乳食を食べるようになったら母乳は終わり」と合理的に考えるようになった背景もあるようです。
このように「なんとなく1歳に断乳」のイメージは戦後に刷り込まれたにすぎず、「子どもの健康のために」といった理由によるものではありませんでした。
つまり、1歳で断乳した方がいいという科学的な根拠はまったくないんです。
母乳育児でママも健康になる?
では、母乳育児を長く続けることで、ママの体の負担はどうでしょうか。母乳は血液から作られるため、長く飲ませ続けることで負担がかかる気がしませんか?
実はその逆で、母乳育児を続けることでママの健康によい影響を与えることが分かっているんです。
まず、女性が気になる乳がん、卵巣がんの発症リスクの低下が確認されています。
- 母乳育児をすることで乳がんの発症が22%減少し、13ヶ月以上続けることで26%減少する
- 母乳育児をすることで卵巣がんの発症が30%減少し、13ヶ月以上続けることで37%減少する
参考)日本乳癌学会 Chowdhury R, Acta Paediatr 2015
また、2型糖尿病や高血圧、メタボリックシンドロームの発症の低下、さらにアルツハイマー発祥のリスク低下まで確認されています。
- 母乳育児期間が1年増えるごとに糖尿病リスクが14~15%減少
- 生涯の授乳期間が6か月以上あれば、血圧上昇リスクが下がる
- 母乳育児経験があることで、メタボになるリスクは23%減少
- 母乳による授乳期間が長いほど、アルツハイマーになるリスクが減少する
参考
ケンブリッジ大学研究(Journal of Alzheimer’s Disease)
Stube AM,JAMA 2005
Choi SR,JWomen’s Health 2017
Ram KT,Am J Obstet Gynecol 2008
こんなにたくさん!びっくりしますよね。
このように、母乳を続けることが将来的なママの健康によい影響を与えることが分かっています。逆に、母乳育児を長く続けることで不健康になるというデータは見つけられませんでした。
まとめ
母乳育児を頑張っているママたち、お疲れさまです!!
断乳の時期を迷ったときに参考にしてほしい、公的情報をまとめました。
断乳を急ぐメリットは特になく、長く続けることがママの健康に影響すると考えると興味深いですよね。
ひとことで言えば、「哺乳類は哺乳を続けると健康になる!」ということなんです。
母乳を飲ませると幸せな気持ちになるのも哺乳類だからこそ。
ただ、育児において「○○しなくてはいけない」はひとつもありません。
断乳する時期をママが決めたのであれば、「それがその子にとっての正解!」だということも付け加えておきますね。
※「赤ちゃんにやさしい断乳と卒乳」については、こちらの記事をお読みいただけたら幸いです。
筆者紹介
- 直井亜紀(助産師・べビケアセラピスト さら助産院院長)
- 「頑張る育児から楽しい育児へ」
ラクチンな姿勢の母乳育児・うたうベビマ・赤ちゃんが泣きやむ抱っこやおんぶ・産後の家庭訪問などなど、「ママの笑顔を増やしたい!」をモットーに活動中。今までに関わった人数は約50,000人。新生児から思春期の性教育まで、長い線で関わり続ける活動をしている。今までの活動を通して、東京新聞・読売新聞・朝日新聞・日経新聞・NHK・Yahooニュースなど、マスコミ掲載多数あり。内閣府特命担当大臣表彰「子供と家族若者応援団表彰」・母子保健奨励賞・内閣府家族の日優秀賞など受賞。著書は「思春期のわが子と話したい性のこと」「わが子に伝えたいお母さんのための性教育入門」など。
本質行動学エッセンシャルマネジメントスクールフェロー。合気道初段。 - さら助産院HPはこちら